ヨルダンの小さな世界遺産、アムラ城2009-12-21 12:30

イスラム教は610年頃、ムハンマドがメッカで、
唯一神アッラーの啓示を受けたことに起源します。
イスラム初期の王朝としてウマイヤ王朝(661年-750年)があり、
その勢力はアラブ半島、北アフリカ、西アジア、スペイン、ポルトガルまで及びました。

ウマイヤ王朝の首都はシリアのダマスカスですが、
そこから250kmも離れた、ヨルダン東部の砂漠の中に、
ウマイヤ王朝時代の712年から715年頃に建造された、
アムラ城と呼ばれる、小さな別荘があります(↓)


ウマイヤ王朝には14代のカリフ(イスラム王朝の最高権威者の称号)がおり、
アムラ城は第6代のワリード1世が使用したものと考えられています。

アムラ城は周辺に全く何もない砂漠の中(↓)にたちます。


大広間と2つの小部屋とお風呂から構成される、とても小さな建物です。
都市遺跡であるペトラとは規模が全く違いますが、世界遺産に指定されています。

建物の背後から(↓)
天井がヴォールト形状となっているのが良くわかります。


外から見ると何の変哲もない石積みの建物ですが、
中に入ると劣化はしているものの、
天井も壁も一面のフレスコ画、床はモザイク。

天井のフレスコ画(↓)

壁面には裸婦と宴の様子が描かれ(↓)


近くのAzraq(アズラック)オアシスにいた動物たち
渡り鳥、鹿、猿、弦楽器を弾く熊の様子も(↓)


床にはモザイク(↓)


お風呂に水を入れるため、井戸を掘り(↓)
風呂場まで水を汲みいれるポンプシステムをつくりました。


お風呂の天井はドーム(↓)、ここにも天体図に由来する絵が描かれています。


建物の管理人のおじさん(↓)
話しかけたら、アラビア語の発音が少し風変わりだったので、
ドゥールズ(Druze)と呼ばれる、部族の人だと思います。

ドゥールズの人々はシリアを起源とし、
ヨルダンには2万人程度いると言われ、
大半がアンマン東のアズラック周辺に住んでいます。
アラブ系であり、宗教もイスラムを基本としているのですが、
ドゥールズ社会のみで受け継がれる、門外不出の価値観と宗教観があり、
ヨルダンにいる同じアラブ系の人々にとっても謎が多いとされています。


当時の首都ダマスカスは緑豊かな地でした。
しかしイスラム教はサウジアラビア砂漠の中のメッカに起源し、
もともと砂漠の厳しい環境で生まれ育った当時のカリフとその一族が、
生まれ故郷のノスタルジーを求めて、
首都ダマスカスから250kmも離れた何もない砂漠の中に小さな別荘をたて、
余暇を過ごすためにわざわざラクダで何日も旅してきたこと。

周辺で狩を楽しみ、さらに、砂漠の中であるにもかかわらず、
立派な水ポンプシステムをつくり、お風呂をつくり、
色とりどりのフレスコ画やモザイクに囲まれ、
食事や音楽、踊り子との宴を楽しんだこと。

外観だけを見るとアムラ城がなぜ世界遺産に指定されているのか、
はじめは不思議に思いましたが、
無味乾燥した広大な砂漠の中に、それに対比する形で
小さなアムラ城内には潤沢な水、そして至るところに裸婦の画、愉快な動物の絵、
さらにはカリフの気を引き締めるためか敵対する長までもを描き、
イスラム初期のカリフがいかに豊かな生活を送っていたかを考えると、
彼らの生きる楽しみ、娯楽を追い求める精神には感服できると思います。